

最後の中世
Romania
後編 フォークロアの宝庫
Story 1
ポットツリー
泊まっていた宿の奥さんお手製のジャムを、
薄いクレープにたっぷりのせた朝ごはん。一日のはじまり。
ガイド兼ドライバーのジョルジュさんには、
「できるだけこの地方のふつうの暮らしを見てみたい、
いろんな人に会ってみたい」って伝えていた。
この地方のふつうは、
私から見たらすごく特別だったから。
軒先で毛糸を手繰るおばあちゃん、
ながーい農作業の道具を持つおじいちゃん、
彫刻が施された立派な木の門、
道ですれ違う荷馬車、どれひとつとっても。
その中でも、もっともやられたー!って思ったのが
ポットツリー。
はじめ、車の中から村の景色を見ていたら、何かカラフルなものが
目のはしをビュンってよぎった。
おうちの庭にあった、色とりどりの何かが。
えっ、何?
次からはもっとしっかりそのカラフルな何かを捉えようと、
窓の外を集中して見ていた。
そうしたら、またビュン!
ポットだ!おうちの庭の木にポットがささってる!
ホウロウの可愛い色したポットやバケツが、
なんと庭の木に干してある。
これがマラムレシュ地方特有の、ポットツリー。
台所に置けないからという理由からの、ポットツリー。
雨にぬれるよ?虫がつくよ?汚れちゃうよ?
そんな考えはここでは余計、暮らしの知恵なんだきっと。
すてきだなぁ。
木製洗濯機、というものも見せてもらった。
ガイドのジョルジュさんの友達のギョルゲさん宅にある、
水車と川の水の勢いで洗濯物を洗う手作り洗濯機。
なるほど汚れは落ちそう、でも絞るの大変そう!
ギョルゲさんのおうちの中は、信じられないくらい可愛くて、
大興奮してしまった。
フォークロアといったらいいのか、
メルヘンの世界っていったらいいのか。
刺繍のクロス、クッション、羊毛の絨毯、ブランケット。
絶妙なバランス、色のお祭り、
猫もごろにゃんとなつっこい。
とにもかくにも部屋にあるすべてのものが、花々しい。
そこにおじさんが暮らしているというギャップ。
でもこれがふつうなんだって。
むしろ、収納スペースがないからタオルを窓際に飾ったり、
ブランケットを天井からぶら下げてたりするんだって。
世界にはいろんな暮らし方があるなぁ。
ギョルゲさんは、そのほかにも蒸留酒を作る装置や、
フェルトを編む機械を見せてくれて、音楽まで奏でてくれた。
現役のポットツリーもあった。
あまり笑わないけれど「ほら見ていきなさい」って親切に案内してくれた。
70才の彼のもっぱらの不満は、
「息子があまり手伝わないこと」らしい。
ちょうどこの日は、村人たちが集まるアニマルマーケットが
開かれてるとのことだったので、行ってみた。
箱に入った子豚、クリスマスまでに育てて食べるのよ。
とおばちゃんがニカっと笑う。
立派な雄牛を連れたおじいちゃん、
ジョルジュさんは優しい目をして、
"They are very beautiful" とつぶやいていた。
今日売りに出されてしまう大きい大きい雄牛、
手塩にかけて育てられたんだろうな。
主人が近づくと、「もっと近くにきてー!」って
甘えた声を出していた。悲しそうでもあった。
ジョルジュさんが、「ポラロイドカメラで写真、撮ってあげたら?」
って提案してくれたから、
雄牛と主人の写真を撮ってプレゼントした。
ぼんやり浮かび上がる2頭の雄牛と主人の写真、
主人はずっと、手のひらに包んだ写真を見つめていた。
雄牛はワラを運んだり、ひととおり仕事をしたあとは、
人々の食べ物になる運命なんだって。
マーケットには日用品も売っていた。
もうここは背伸びしたらお隣のウクライナが見えるくらい
国境に近いから、ウクライナのものも売っていた。
私もこの地方の色彩を持って帰りたくって、
1枚だけ刺繍のタオルを買った。
今のところ、和室にどう合わせたらいいのかわからなくって、
まだ使ってないけれど。
Story 2
おばちゃんカタログ
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マラムレシュ地方をメルヘンの世界たらしめる要素に欠かせないもの、
それはおばちゃんのファッション、その存在感。
まるで絵本の「大きなかぶ」に出てくるおばあさんのような人たちが、
市場で野菜やチーズを売っていたり、農作業の道具を肩にかけて
井戸端会議をしている。
女性が元気な地方だった。
特徴は、ほおかむり、膝丈スカート、そして重量級。
カメラをむけるとにっこり微笑んでくれた。
それにしても、若い人はスリムなのになぜおばちゃんはビッグなのか。
そんな質問をジョルジュさんにしてみたところ。
「なんだろうねぇ、子育てを終えたころに、彼女たちも
いつのまにか大きく育ってるんだよねぇ」
思わずクスリ。そっかぁ。
旅をしていて気づくこと、
世界のいろんな場所で疑問に思ってたこと。
ちょうど、お母さんの時期を終えたくらいのおばちゃんたちって、
どこの国もちょっと似てない?
チベットのおばちゃん。
ボリビアのおばちゃん。
ルーマニアのおばちゃん。
大阪のおばちゃん。
色の使い方やふくよかなとこだけじゃなくって、
オーラが似てる。
いろいろ守ってきたからこそ出せるオーラ、
それと余裕があって迷いのないおせっかいさ。
とてつもなく離れたところで暮らしているのに、
なんか似てるなぁって思わずにはいられない。
もしおばちゃんたちを世界中から集めたら、
言葉は通じなくたって、仲良くなるんじゃない?
あらー、その帽子はどうしたの?
そのエプロンいいわね~
これが私の孫よ
あめちゃん食べます?
みたいな井戸端会議がはじまったりするんじゃないかな。
うーん、いいなぁ。
私もいつか、いろいろ経験したあとは
今まで見てきた世界のおばちゃんみたいになれるかな。
ま、願わくは大きくならなくっていいんだけど、
好きな色を身につけて、おせっかいしたい。
あのおばちゃんオーラはぜひともまとっていたい。
Story 3
過去と中世

ルーマニアの田舎はフォークロアの宝庫だった。
教会の鐘の音、馬の足音、絵本の住人のようなおばちゃんたち。
童話の世界がほんものの風景として色鮮やかに存在してた。
中世の生活が残っているってほんとうだったんだ。
ていねいにガイドをしてたくさんのことを教えてくれた
ジョルジュさんに最後にランチをしたときに、そのことを伝えた。
「ルーマニアには中世の世界が残っていると聞いてやってきたのですが、
本当でした、とても良かったです。」と。
「中世」は、英語で、”Middle age”、確かその単語を使った。
そうするとジョルジュさんはぽつりと"Past time?" と言った。
過去だと思ったの? そういう意味だったと思う。
その言葉にはっと気づいた。
私の目に映ったこの地方の暮らしは、古き良き生活だった。
けれど彼らにとっては、その暮らしが「現在」、
誰だって古いって言われたら良い気はしない。
「ちがう、ちがうよ、よく保存されているとかそういう意味で!」
必死のフォローも空回り。無意識に放ってしまった言葉は
取り返せなかった。
私は日本での生活の中で、最新のものまでが手に入る環境で暮らしている。
だから、「古い時代のように暮らすってなんかすてき」と思う、
そう思える選択肢がある。
でも選択肢がない人々のほうが世界には多い。
「古い時代のような生活」を今も当たり前にしている人々が、
他人から無邪気に「今も中世みたいだなんてすてき!」
みたいなことを言われたらどう感じるか。
そこまで思考を広げるべきだったなぁ、
自分基軸で話すと誰かを傷つけたり、嫌な気分にさせてしまうことを
ひしひしと感じた。
へこんだ私を気づかうかのように、ジョルジュさんは
好物だというチェシューナッツのペーストを
にこにこおいしそうに食べながら言ってくれた。
「確かにこの地方は発展していないし、仕事もあまりないので
外国に出稼ぎに行く人も多く、近年はその仕送りで新しい家がどんどん建っています。
でも海外に行ってもやっぱりここで農業しようって帰ってくる人もいます。
これから先、ここは変わっていくのかどうかは分からないけれど、
新しければいいってものでもないと私は思っています。」と。
ランチに立ち寄ったレストランは、
優雅なプールのあるリゾートホテルの中にあった。
マラムレシュ地方の田舎風景からポッカリ浮かびあがるように
存在しているリゾートホテル。
なんだか不釣り合いな気もしたけれど、
幸せそうにプールで遊んでるルーマニア人の家族連れの休日を見ていたら、
なんだか自分との共通点を見たような気がして、ほっとした。
ヨーロッパ最後の中世は、もしかしたらあと何年かしたら
もうなくなってしまうのかもしれない。
外から見ていると、それは少し残念な気持ちもするけれど、
主役は当然そこに暮らす人たち、
その人たちが自分たちの幸せを目指した選択をしていく様子を
離れた場所からそっと見守っていきたいと思う。
Story 4
ブカレスト

マラムレシュ地方に別れを告げて、小さなプロペラ機でやってきた
ルーマニアの首都、ブカレスト。
ガイドブックによると、空港から町に出るにはタクシーでぼったくられたり
何かとトラブルが多いと書いてあったので、
ひとまず停まっていたバスに乗り込んだ。
治安があまりよろしくないと噂されるブカレスト、そのなかでも
要注意スポットだけど町を歩く起点にはちょうど良さそうなノルド駅に、
用心深く近づいた。
ブカレストに8年住んでいるという日本人の女の人に出会って、
治安のことを聞いてみたら、
「ここ数年で良くはなったけれど、ノルド駅周辺は夜になると
犯罪者が集まっていたりするから、くれぐれも気をつけてね」
ってアドバイスも受けていたから、
荷物を切られないようにぎゅっと抱えて、ツンとして
早歩きした。
とはいっても、まだお昼前だったから危ない雰囲気はなかったかな。
怪しさ100点満点のタクシーの運転手はけっこうたくさんいて
手招きしてたけれど、警察官の姿もちらほら見かけた。
まずはお昼ご飯を食べようと、ノルド駅を背にしてずんずん歩いて行くと
市場を見つけた。
炭火で焼いた肉のにおいにくんくん惹き付けられて、
入ってみた。
あざやかな色した野菜と果物、わぁおいしそう!
写真を撮っていたら、「ほら手を出して」
ベリーを片手いっぱいにのせてくれた。
プラムがほしくて、ひとついくら?って聞くと、
1キロ単位でしか売ってないから、ひとつならただであげるよって。
うれしくなった。
そしてルーマニア名物のミティティ(スパイスが混ざった細長い炭焼き肉団子)
の屋台に並んだ。
そうしたら、前にいたおっちゃんが、お先にどうぞって譲ってくれて、
さらに注文した後に「やっぱり1つじゃなくて2つにすればよかった」
ってうじうじしてたら、「ん?2つがいいの?すみませーん!」って
代わりに言ってくれた。にこにこ。
食べながらも目が合うと、にこにこ。
前に座ったおばちゃん、持ってたカゴがガサゴソしてて
なにかなぁって見ていたら、ニャーオって仔猫を見せてくれた。
スピーカーから流れる陽気な音楽に合わせておばちゃんはノリノリで、
すごくおもしろかったけれど、
お店の人に「こら、こんなとこで仔猫出さない!」って
怒られちゃった。
みんなで思わず笑って、おばちゃんも照れ笑い。
ラテン民族の血筋を引いてるルーマニア人、明るくて朗らか!
ヨーロッパってほんと国によって国民性がぜんぜん違う、
私はそれが不思議でおもしろくって興味が尽きない。
Story 5
箱の中

おなかも満足したところで、ブカレスト観光のハイライト、
「国民の館」を目指した。
ルーマニアは、第二次世界大戦後から1989年まで社会主義国だった。
なかでも有名なのが1898年に民主革命が起こるまでの24年間、
奥さんとともに公開処刑されるまで、
トップに立っていた独裁的権力者、チャウシェスク。
彼が国民の税金を使い込んで建てた宮殿が「国民の館」。
国の財政が傾いて、人々が飢えていても建てようとした
巨大な宮殿。
世界の宮殿や政府機関の建物の中で2番目に大きな建築物で、
(1番目はアメリカの国防総省ペンタゴン)
今はブカレスト唯一ともいわれる観光名所になっている。
チケットを買って中に入ってみた。
ヨーロッパのいろいろな建築様式で作られている
3107ある部屋、
ルーマニア国内から集められた色とりどりの大理石で
床や柱や壁は作られている。
純金の装飾、クリスタルのシャンデリア。すべてが最高級品。
扉も絨毯もカーテンも、いちいち巨大、
巨人が住んでいたの?一瞬そんな錯覚におちいった。
ただ、電力は間に合っていないみたいで、暗かった。
見学が終わるとすぐに電気を消していたし、
聞いた話では、当時この宮殿で晩餐会が開かれるたびに
ブカレスト市内の3分の1が停電になったという噂も。
大きすぎて不気味な感じがしたけれど、
豪華に違いない建物だった。
ふつうに宮殿の中でタバコ吸っている人がいたのには
驚いたけれど。
バルコニーからは、一直線に延びる道が見える。
この道は「統一大通り」、
チャウシェスクがパリのシャンゼリゼ通りを再現しようと
試みたもの。
元々は旧市街で価値のある史跡などもあったのだろうけれど、
すべて壊して、市民を追い出して、道が作られた。
今も大通りの両脇には社会主義国特有の、無機質で画一的な建物が並んでいる。
Story 6
旅の呼吸

ちょっぴりトルコとブルガリア、ルーマニアの旅。
たった7日間だったけれどたくさん出会った。
はじめてのブルガリア、ルーマニア、
日本にいるときは想像もできない、顔の見えない国だった。
未知の世界の扉を開ける、そんな気分で
足を踏み入れてた。
一歩ずつ、一呼吸ずつ。
そうしたらとてもチャーミングで笑顔に彩られた
生き生きとした光景が飛び込んできた。
世界がまた広がって、黒かったところに色が足された。
光がさしこんであふれた。
旅の、そんなところが好きなんだと思う。
遠く離れた知らなかった場所に立つ実感が、
不思議で
夢みたいな現実だから、楽しいんだと思う。








