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魔法使いが住んでいる国

Story 1

魔法使いが住んでいる国

最後の中世

Romania

前編 ブルガリアからルーマニア奥地へ

夜中の1時、ゴルナ・オリャホヴィツァという

なんとも発音の難しい駅からの列車に乗り込んだ。

ブルガリアを抜けて、ルーマニアに向かうレトロな寝台列車。

星がきれいな夜だった。

国境を流れるドナウ川を越えた先にある、未だ見ぬ国へ。

途中、大量に乗ってきたロシア人のビザの発給に手間取ったとか

なんとかで、予定の4時間半遅れで首都ブカレストに到着。

でもブカレストは後回し、目指す地はまだまだ遠い。

ルーマニアの田舎、北の奥地。

 

ルーマニアには、吸血鬼ドラキュラのモデルとして実在した

領主が暮らしたブラン城があって、

人口の70%が魔女の力を信じている。

(2000人の魔女が本当にいるらしい)

政府さえもが正式に認めた魔女もいるって。

でもルーマニアを今回の旅先に選んだ1番の理由、

それは今はもう休刊してしまった雑誌、

旅行人の表紙に書かれていた言葉だった。

「ルーマニア ヨーロッパ最後の中世」(2009年上期号)

その言葉が心に残ってしかたなかった。

ルーマニアの奥地で、中世から変わらない

伝統的な生活をおくっているという人々に会ってみたかった。

何かの番組で見た「陽気なお墓」もその地方にあるみたい。

想像ができないとか、情報があんまりないっていうのは、

とても楽しい。

霧に包まれた新しい世界を少しずつ知っていくって

ワクワクする。

 

でもルーマニアは結構大きな国、日本の本州と同じくらいの面積がある。

問題なのは、アクセスがとっても悪いってこと。

特に田舎での公共交通機関はほとんどないから、

主な移動手段はヒッチハイクになってしまう。

いろんな意味で遠い場所。

でもあきらめたくなかった。

あきらめるには、魅力的なキーワードを知りすぎていた。

 

あれこれ考えた結果、ルーマニアにある旅行会社とコンタクトを

取って、車をチャーターすることにした。

その旅行会社にはルーマニア在住の日本人のスタッフもいて、

とても親切に相談にのってくれた。

行きは寝台列車、帰りは国内線の飛行機、

丸2日間の車とガイド兼ドライバーさん1人、

ゲストハウス1泊。

正直なところ、ほんとに高かった。

ルーマニア国内の旅行だけなのに、

日本からアジアに旅行できるくらいの値段だった。

でも、行けるチャンスは次いつ巡ってくるかわからない、

今しか行けないかもしれない、

今しか行きたいと思わないかもしれない。

霧の向こうには何があるのか、

どんな人たちがどんな暮らしをしているのか。

新しい世界を見るための代金を、えいやっと支払って

私はルーマニアの田舎、ウクライナとの国境近くの

マラムレシュ地方へと旅立った。

陽気なお墓

Story 2

陽気なお墓

この旅、3度目の寝台列車。

木でできた豪華な個室、パリッとした真っ白なシーツ。

学生のころは他の乗客と膝をつきあわせた狭い座席の

夜行列車に乗って移動していたけれど、

朝、目的地についたときの体の具合が全然違う。

ホテルとおんなじくらい快適に眠れて、

さらに朝起きたら新しい町についているって、

とてもすてき。

 

のんびりゆったり、ビスケット食べたりしていたら、

隣の部屋のおばちゃんが遊びにきた。

ルーマニア語でなにやらずっと話しかけてくる。

そんな時の「指差し会話帳」、旅の必需品のひとつ。

ルーマニア語を少しずつ日本語になおしながら、

ぽつぽつ会話した。

実は駅にいたときから、私はそのおばちゃんの履いている靴が

気になっていたから、

「その靴すてきですね、どこで買えるの?」と聞いてみた。

「バイア・マーレで買ったよ、でもあなたはもっとヒールのある靴のほうが

いいんじゃない?」だって。

他愛もない話。ゆったり流れる時間。

結局なぜかおばちゃんは夜になるまでずっと隣に座っていた。

お互い1人だったから、

列車にはほとんど人がいなかったから、

おばちゃんも私も、少し寄り添いたかったのかもしれないな。

 

ぐっすり眠って、朝がきた。

窓からはローカル線のちいさな駅や荷馬車に乗って畑仕事に向かう

人たちが見えた。

電車は目的地、マラムレシュ地方の町、バイア・マーレに到着。

駅に降り立つとすぐに、「ミスホリデー?」と声がかかった。

ガイド兼ドライバーのジョルジュさん。英語が話せる。

まずは朝ごはんを食べましょう、と連れていってくれたコーヒーショップ。

すごい!ケーキすごい!

朝ごはんはチョコレートケーキにした。

甘すぎない濃厚さ、おいしいー!

半分食べて、半分はお持ち帰りにした。

バイア・マーレは、あれ?って思うくらい都会だった。

人も多くて、背の高いマンションもある。

でも本番はここから。

車はさっそく町を抜けて、「陽気な墓」を目指す。

お墓が陽気ってどういうこと?

 

陽気な墓は、サプンツァ村にある。

入場料4レイ(約100円)を払って敷地に入る。

そこにあったのは、まぎれもないお墓だったけれど、

私の知っていたお墓とは、何かが根本的に違っていた。

カラフルに装飾された墓標、

咲き乱れるいろんな花。

それだけじゃなくって、

悲しい顔をした人がそこにはいなかった。

そこには観光客だけじゃなくて、お参りにきた人もいたのだけど。

みんな写真を撮ったり、墓標に書かれたストーリーを読んだりしていた。

 

「ここは世界に例をみないお墓なのです、

だれもここでは嘆いたりしない。それが陽気な墓の方針です。」

ジョルジュさんはたくさんのことを教えてくれた。

「ここに埋葬されるのは、サプンツァ村の人で、お金がある人だけです。

墓標の表と裏に書かれているストーリーは、墓標を作る村の職人から

のこされた家族に向けたメッセージやポエムです。

彼らは村の全員を知っていますから。」

 

そういって、ルーマニア語で書かれた文字を翻訳していってくれた。

表には亡くなった人の職業や、

どのように亡くなったかを伝える彫刻。

事故で亡くなった10才の女の子の墓標の表には

事故の様子と車のナンバーまでが彫られていた。

そして裏には「弟のこと、かわいがってね」という両親に宛てたメッセージ。

生前にお酒が好きだった人からは、「天国でお酒飲んでます」という

メッセージ。

「義理の母とうまくやらないと、後悔するよ、みんなはそうならないで」

など、教訓めいたメッセージ。

政治犯として捕まって、生きている間についに会えなかった妻に向けた

「会いたかったよ」というメッセージ。

 

サプンツァ村の人口は約3000人。

墓標づくりの職人たちは、のこされた家族をはげますために、

傷が少しでも癒えるように。

あざやかな墓標に言葉を彫っている。

陽気、と訳された日本語が、ほんとうにふさわしいかどうかは

分からないけれど、少なくとも悲痛な感じはしない。

「死」の受け止め方の違い?

死者との距離感の違い?

ルーマニアの田舎では陽気な墓以外でも、

独特な死生観を感じた。

それは私が知っていた日本のものとはまるで違っていた。

村人と木の教会と

Story 3

村人と木の教会と

ジョルジュさんとのランチ、

ジョルジュさんは400グラムのシーザーサラダ、

私はシチューとマッシュトウモロコシ、ママリガ。

ルーマニアごはんはどれもおいしかった。

ボリュームはすごいけれど。

 

午後からは世界遺産にも登録されている、

マラムレシュ地方の木造聖堂群を見て回った。

ルーマニア正教の、すべて木でつくられている教会、

クギも土台の石もない、ほんとにすべてが木の教会。

 

1番はじめに行ったのが、デセシティ村の教会。

鮮やかな花で飾られたお墓が教会を取り巻いていた。

空から引っぱられているようにも見える、

独特なとんがった大きな屋根がかっこよかった。

中に入ると、まず女の人が祈る場所、

そして奥が男の人が祈る場所と分かれていた。

「なぜ分けられているの?」

問いかけてみると、思わぬ答えが。

「女の人はスカートはいているでしょ、祈りの場で足が見えてしまって

異性の気が散ってしまわないように、男は前で祈ることになっています。」

ほんとに?

日曜日になると人々は民族衣装で教会のミサに集うらしい。

確かにこの地方のおばちゃんは、ほとんどみんなひざ丈スカートをはいていた。

祭壇に立っていた黒と白の旗、

黒い旗はお葬式のときに持って歩くらしい。

白い旗は、子どもが亡くなったとき。

子どもは死んだら天使になるから白い旗なんだよ。

 

道すがら、お葬式にも遭遇した。

少し離れたところに車を止めて、そっと見させてもらった。

特別なブラウスで正装したおばちゃんの写真を撮らせてもらうことができた。

亡くなった人が暮らしていた家の庭には、すごくたくさんの

人たちが集まっていて、祈りの声がもれ聞こえてきた。

教会にあった黒い旗も掲げられていた。

この後は、みんなで町を歩いて教会に棺桶を届けにいくらしい。

そして訪問者に食事を配るって。

基本的なことは日本とも変わらないのだろうけど、

ここが田舎の小さな村だからなのかもしれないけれど、

「お墓」の存在が人々の生活のなかに、

当たり前に組み込まれているような気がした。

 

次はバルサナ村の教会へ。ここは神父さんや修道士が

暮らす修道院もある、手入れされた公園のような気持ちのいい場所。

そのほかにも、1364年に建てられた最も古いイエウド村の教会、

54メートルの塔がそびえるシュルデシュティ村の背の高い教会。

マラムレシュ地方の教会は、

確かな存在感が漂っているにも関わらず、威圧感がない。

もしかしたら木でできてるからなのかな。

魚の鱗みたいにしきつめられた木の瓦屋根が

柔らかく教会を包んで守っているみたいだった。

田舎のちいさなボディザ村

Story 4

田舎のちいさなボディザ村

夜はボディザ村にある、ジョルジュさんの家に泊まることになっていた。

ちいさなボディザ村、ここはマラムレシュ地方でも特に

伝統的な暮らしが残っている村。

ルーマニアには、民宿のような感じで

一般家庭が家の一室を旅行者に貸してくれる

プライーベトルームがたくさんある。

夕方に到着して、奥さんが外のテラスでハーブティを入れてくれた。

庭にすずなりになっているりんごも、すきなだけ取っていいよって。

ちいさい赤いりんご、ちょっとすっぱかったけど

おいしかった。

まだ外は明るかったから、ボディザ村の散歩にでかけた。

 

マラムレシュ地方は、点在しているちいさな村以外は、

森と山と丘と田園の、のどかで思わず眠ってしまいそうな

風景がずっとずっと広がっていた。

農地に転がる不思議なタマネギ型した物体は、

家畜の餌になる干し草を集めたものだそう。

「今年は干し草の当たり年!こうやってまとめておくと、

2年はグットクオリティなんだよ。牛は1年に8つくらい食べるから、

あってもあっても足りないよ」

 

この地方では、今も人々は手でじゃがいもを掘って、

牛や馬で畑を耕している。

夕方になると、畑帰りの村人たちが大きな農作業の道具を

持って家路についていた。

スカーフのおばちゃん、すてきな帽子のおじちゃん、

みんなあいさつをするとにこやかに応えてくれた。

ジョルジュさんは、

「20年前、ここはあと少ししたらすべて変わってしまうと

外からは言われていました。

でもそうではない、たしかにトラクターや機械は入ってきました。

けれど動物たちを使うことは私たちはやめません。

農薬を使わない1番の方法は、動物を使うことだからです。

私たちはきっとこれからも変わらないと思います。」

ルーマニアの田舎では、

本当に昔から変わらない伝統的な農業と牧畜が営まれていた。

肉も野菜もパンも自分たちでつくる、自給自足の暮らし。

車よりも荷馬車のほうが多かった。

 

宿に帰ったら、ばんごはん。

すてきなダイニングルーム、

なんとなく、イメージしていた東欧な雰囲気の色がいっぱい。

冬になると雪に閉ざされてしまうこの地方、

味のある大きなストーブが家のあちこちに置いてあった。

そして奥さんが腕によりをかけたばんごはんの登場。

豆のスープ、なすびのペースト、ポーク、リゾット、ママリガ、

そしてホリンカというアルコール60%以上!のブランデー、

デザートにはりんごのコンポートまで出してくれた。

どれもがきっとボディザ村で収穫されたものなんだろうな、

おいしかったけれど、量がとにかく多かったから、

半分くらいしか食べられなくて大変申し訳なかった。

でもとっても満足して、すこしだけ夜空の星を見上げてから

部屋に戻った。

 

実のところ、私の部屋はやけに広くて、

重厚感のある古いタンスや絵がこわかったんだけど。

真っ暗な窓の外からは、夜遅くまで荷馬車が鳴らす

カッポカッポと心地よい音が聞こえてきて、

その音色になんだか安心して眠りにつくことができた。

電気はつけておいたけど。

旅の呼吸

Story 5

旅の呼吸

今までいろんなところを旅したけれど、

ほんのときどき、

あれ、なんか違う。とか、

意外にふつうやん。って思ってしまう場所、というのが

残念ながらたまにある。

なんでそう思ってしまうのかな、

ひとつ、思い当たること、

それは行くまでにたくさんの情報を集めていた場所、

ということ。

本やネット、そこに行ったことのある友達からの情報。

そういうものを、時間の限りインプットしてから

旅をした場所ということ。

 

今はほんとにどんなことでもキーワードを打ち込めば

あらゆる情報を届けてくれるインターネットが

すぐ近くにあって、

なんだかこのごろあんまり動かなくたって、

パソコンのモニターや、手の中の

スマートフォンを見ていると、世界が見えてくるような

気がしてくる。

知らなかった世界の絶景も、誰かが撮った写真や動画で

感動させてもらえるし、

おいしいお店も誰かが事細かに教えてくれる。

とっても便利。私もずいぶん依存してしまってる。

 

でも物事によっては

なんでも知りすぎたり、自分のなかでのイメージを

ふくらませすぎると、

それが現実と違ったときにがっかりしてしまうんじゃないかな

と、思ったりする。

「聞いていたのと違う!」ってなってしまって、

なーんや。って。

でも、何も知らなかったら、

同じものを見てもがっかりしなかったかもしれない。

新しい視点で自分なりの思いを抱けたかもしれなかったな。

って何度か思ったことがある。

誰かの基準で物事を見て、自分のほんとの気持ち、

好きか嫌いか、がわからなくなってしまうのは

とてもざんねん。

効率とか絶対とか確実とか、

日々そういうことを追求してしまいがちだけど、

旅くらいは冒険したいなって思う。

 

ここに書いた私の旅行記も、私の目で見た世界でしかない。

ひとつひとつの国の印象は、私が感じたものでしかない。

同じ道を旅したとしても、きっとみんな違うものが

見えてくるのだと思う。

1番心地よい呼吸のしかたは、

自分がよく分かっていると思う。

 

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